「自転車」から「共生のパートナー」へ。電子ピアノと向き合う私の視点

朝霞市と新座市境界に位置するSUMIピアノ教室のグランドピアノと部屋に飾られた沢山の薔薇
朝霞市と新座市の境界に位置するSUMIピアノ教室です。
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かつて、私は電子ピアノに対して明確な考えを持っていました。 一人の音楽家として、「アコースティックピアノに勝るものはない」という信念は、今も微塵も揺らいでいません。

人間の心と身体の細部を、指先を通して音に変換する対話。その深淵において、電子という回路が本物の弦の共鳴を凌駕することは、物理的にも精神的にもあり得ないからです。かつては、電子ピアノでのレッスンを「自転車で車の運転を習うようなもの」と言われていたのも事実です。

しかし、近年、私の感覚には確かな変化が訪れています。 コンクールの客席で沢山の子どもたちの演奏を聴き続けていると、かつては一聴して判別できた電子ピアノで練習している音が、今はすぐには分からなくなってきているのです。これは、楽器の進化と、それに向き合う子どもたちの適応力が、かつての境界線を溶かし始めている証拠ではないでしょうか。

また、電子ピアノだからこそ届けられる喜びがあることも知りました。 以前、高齢者施設で、備品である電子ピアノで演奏させていただいた時のことです。「パイプオルガン」の音色でバッハを演奏しました。まるで教会の御御堂(おみどう)を満たすような荘厳な響きに、心から喜んでくださるご高齢の皆さまがいらしたのです。施設では、スペースと維持管理が必要なアコースティックピアノの設置が困難なケースも多数目にします。アコースティックの真理を追求することは大前提として、環境に合わせて楽器の特性を活かし、聴いてくださる方の心に音楽を届ける。その瞬間、電子ピアノは境界を超えた存在になります。電子ピアノで真心を届けることは不可能ではないのです。

先日、SNSで世界的なピアニスト、横山幸雄氏がこども病院のボランティアで、スタッフが揺れを抑えるために両サイドを支える電子ピアノから「英雄ポロネーズ」を紡ぎ出す動画を目にしました。
あのような名演が可能だったのは、氏が徹底的にアコースティックピアノで基礎を築いてきたからに他なりませんが、同時に、あの場に音楽を届けようとする氏の意志が、楽器の制約を超えたのです。

音大を目指すような専門の道であれば、本物のピアノは必須でしょう。しかし、音楽を一生の友としたいと願う多くの方々に対し、「本物でなければ」という正論だけで門を閉ざしたくはありません。

理想を掲げつつ現実に寄り添う。現実と言っても、キーボードに関してはお断りさせていただいていますが、 『奏でたい、届けたい』という思いがある限り、ともに音楽の喜びを見つけていきたいですね。今の私のスタンスは、そんな尊重と共生の場所にあります。