「チョッちゃん」のスパルタ教育から考える、理想の「良い音」とピアノレッスンの形
【朝霞市・新座市境界のSUMIピアノ教室:詳細はこちら】
黒柳徹子さんのお母さま黒柳朝さんをモデルにしたNHKの朝ドラ「チョッちゃん」が、昨夏の朝7時15分からBSで再放送されていました。
或る日の放送では、朝さんの夫であるヴァイオリンニストの要さんが招集され、品川駅から出立というシーンがありました。
遠くからそっと見送る朝さん親子3人に要さんがヴァイオリンを弾くジェスチャーを「さようなら」に替えて送るという胸の詰まる内容です。
その後、朝さんは徹子さんの幼い弟(ヴァイオリンニスト黒柳紀明さんがモデル)に要さんに代わって一音弾いては「違う、良い音じゃない、汚い」を延々繰り返すという超絶スパルタレッスンを開始します。縫い物をしながら。
「お母さんはヴァイオリン弾けないのに何で違うって分かるの?」と坊や。
「弾けなくても良い音かそうじゃないか分かるの!」とチョッちゃん。
チョッちゃんは声楽を勉強していたのでアマチュアとは違いますし、名ヴァイオリンニストたる要さんの演奏を近くでずっと聴いてきたので、音楽家としての耳で子どもの音を聴いていることが伝わってくる場面でした。
ドラマなのでそれ以上を言及するのは大いに野暮というものですが、実際のレッスンではそこから先が大事で、〝良い音”〝美しい音色”を教師自らが弾いて聴かせるという具体的なプロセスが必要不可欠です。どうしたら、どのようにしたらそこに至るのか、それを提示するのが教師の仕事なのです。ダメ、そうじゃない、ダメダメダメ!だけを繰り返す教師のレッスンを今までに2名ほど受けたことがありますが、両者ともに男性教師でしたがー私は既にドラマの弟君のような幼い年齢ではなかったので、ええ、帰っちゃいました。
実を言えば、私自身もかつて否定ばかりのレッスンに傷つき、自分もまた、指導の中でそうなってしまいそうになったことがありました。だからこそ、今は確信を持って言えるのです。「良い音」は否定からは生まれない、共に育むものなのだと。今の時代、特に多忙な中高生や大人の方々にとって、ピアノは「否定される場所」ではなく、心が解放される「サードプレイス」であるべきだと私は考えています。チョッちゃんの情熱は素晴らしいけれど、私はあえて、その先にある『共に創る音色』を大切にしたいのです。ちなみに、朝さんと徹子さんは母校の先輩です。
