小泉八雲

朝霞市・新座市Sumiピアノ教室です。こんにちは。

副都心線の東新宿駅周辺。幾重にも折り重なった濃厚な焼肉の臭いが漂っています(実のところ、この臭いは得意ではありません)。大きな通りの向こう側は新宿歌舞伎町。異国の言葉が飛び交い、日本でありながら日本ではないような、日本人である私の方がマイノリティと錯覚してしまうような。

埼玉から30分も電車に乗らないで到着する、そんな東新宿駅から徒歩数分の場所に小泉八雲終焉の地があります。小泉八雲(本名ラフカディオ・ハーン1850年6月27日 – 1904年(明治37年))は松江に骨を埋めた作家と思いきや、東京で亡くなっていたのですね。

『耳なし芳一』『雪女』は有名な代表作ですが、ノルウェーの作曲家ノルドグレン(1948-2008)の作品に、『怪談によるバラード』という八雲作品からインスピレーションを得て作曲された幻想的な10曲があります。『耳なし芳一』も『雪女』も含まれています。昔々、舘野泉さんの演奏で聴いた時、ピアノという楽器のあまりの可能性に衝撃を受けました。

小泉八雲自身はこの作品を聴くことは勿論ありませんでしたが、晩年暮らしていた東新宿で、どのような景色を見、どのような音を聴いていたのでしょう。喧噪を逃れて、この地に居住したとのことなので、明治時代は長閑な田舎だったのでしょうか。そんなことに思いを巡らすと、歩きながら瞬く間にタイムスリップしてしまうのであります。

 

アメリカ交響楽

朝霞市・新座市Sumiピアノ教室です。こんにちは。

今日9月26日は“ラプソディ・イン・ブルー”の作曲者、ジョージ・ガーシュイン(1898年9月26日 – 1937年7月11日)の誕生日です。僅か38歳の早世が惜しまれますが、クラシックとジャズの融合を試みた作曲家の元祖であり、当時はレビューと呼ばれていたミュージカルの素晴らしいナンバーを沢山遺しています。

ガーシュインの生涯を描いた映画『アメリカ交響楽』(1945年)はガーシュインが亡くなってから7年後に公開された作品です。

当時の大音楽家達が沢山登場しています。パリでのラヴェルとの出会いや、ラプソディ・イン・ブルーの初演にラフマニノフ、ジェローム・カーンと、あと誰だっけかな、名だたる音楽家が会場に詰め掛けてくるシーンがありました。ラフマニノフ役の俳優は本物にソックリ!もしかして本人??

ミュージカルダンスとその音楽の変遷、レコードもCDも無い時代の音楽のプロモーション方法、当時のニューヨークの様子。72年も前の作品なのに散りばめられたガーシュインへのリスペクトと音楽に満ち溢れた画面で描かれる夢のような世界は、もはや時代を超越して心を鷲づかみにされます。

少し前にイベント上映された際、2回観に行きました。同じ作品を2回観に行ったことは今までにあったかな??DVDも良いけど、やはり映画は映画館の大きなスクリーンで観るのが最高。また上演の機会が訪れますように。

 

素敵なお茶会

朝霞市・新座市Sumiピアノ教室です。こんにちは。

今日は1年生の生徒さん達とairお茶会をしました。air←ここ大事ですからね。試験に出ますよ。

Mちゃんはお紅茶、Fちゃんは何故か青汁をリクエスト。ブレンドの指定もあったけど内容は忘れました;紅茶は熱湯で淹れた設定なので、熱さのあまりブーーッと噴き出すという芸の細かさ。なかなかですわよ、Mちゃん。

とっておきの椅子の座り心地はいかが?今度はこの椅子に座ってピアノを弾いてみましょうね。この椅子はご自分の身体の声をダイレクトにキャッチできる当教室ならではの特別な椅子なのです。

音を聴くということ

朝霞市・新座市Sumiピアノ教室です。こんにちは。

常に耳でコントロールしながら演奏していますか。音符の並びを再現するだけで精一杯、細部のニュアンスに全く配慮が行き届かない演奏をしているのであれば、それは自分の音を全く聴いていない証拠です。譜読み段階から、とにかく聴くことです。ふさわしいテンポも見えてくるでしょう。

私は子ども時代、複数の先生にご指導いただきましたが、一番苦手だった先生は(うわ~、当時の先生ゴメンナサイ)私の演奏中に“タ~ラリラ~ララ~ァラ~”と歌う先生でした。自分の音に集中できないのと、刹那消えていく音の生命を先生がコントロールしようとしていることが本当に苦痛だったのです。私の音楽は私のものなのに!と。

聴くことが大切なのは教師も同じです。もし、自分の歌声で生徒の演奏をねじ伏せることが目的ではなく、歌心の大切さを伝えたいのであれば、生徒自身からそれを引き出さなければ意味がありません(またまた当時の先生ゴメンナサイ)。或いは、もう一台のピアノを共に演奏することで音楽の伊吹を伝えることが出来るのではないでしょうか。

大学時代の師は生徒が持ってきた曲は、どんな曲でも暗譜で一緒に弾いてくださいました。ふと気付くと、先生のピアノがユニゾンになって一つの音楽になっていた。ご自分の枠に力づくで生徒を誘導するのではなく、まるで寄り添うように並走するように。平均律もイギリス組曲もショパンのソナタもエチュードもプロコフィエフのソナタもラフマニノフもドビュッシーもバルトークも…これは超人的なことなのです。師を越えることなど一生出来ません。

思い返すに、何と幸せな時間を過ごしたことでしょう。もうあの時間は二度と帰って来ません。

舞台で演奏するとき、もうお会いすることが叶わない師を客席に“招待”しています。先生は必ず聴いていてくださっていると信じています。先生、私は少しは成長したでしょうか。先生からお習いしたエッセンスを次世代に伝えて行くことが今の私の仕事です。

イイネ!を行動に移す

朝霞市・新座市Sumiピアノ教室です。こんにちは。

今日、自転車でいつもの道を走っていたところ、とあるお家からフルートの音色が聴こえてきました。

バッハでしょうか。思わず自転車を停めて聴き入ってしまいたくなるような、楽器と奏者が一体となった圧倒的な美を放つ音色です。楽器を始めたばかりの部活のパート練習ではなく、あの音の出し方はプロレヴェルです。

私の昔々のジャズピアノの師匠だった故K先生は、大学時代、外を歩いている時に今回のように普通の家から聴こえてきた並々ならぬドラムを聴いて、その場で呼び鈴を押し、スカウトして自身のバンドに来てもらったそうです。そのドラマーは当時高校生で、その後医師になったと伺ったような記憶がボンヤリと。

琴線に触れる音楽との出会いは宝です。何年も同じ場所を通っていて、フルートが聴こえてきたのは今回が初めてだったのですが、もし、もう一度あの素晴らしい演奏が聴こえてきたらピンポンを押そう…かな??いや、変かしら。ヘンね、ヘンだわ。でも、K島先生の元弟子としては、えーと…

あなたの音楽に感動した、これを相手に伝えることは大切だと思います。状況が許せば、ですが。

今夏、とあるコンクールで、躍動するような、心躍るような素晴らしい演奏をしたコンテスタントが居ました。私は聴衆の一人として会場に居たのですが、あのヒリヒリと肌に刺さるような張り詰めた空気の中、たった一人、それはそれは魅力に満ち溢れていたのです。予選なので順位は出ませんが、私の中ではダントツ一位。でも、恐らくは本当に一位通過だったと思います。

帰り、会場の出口で、先ほどの彼女が私のすぐそばを歩いていたので、声を掛けたら、相手はギョエ!と一瞬驚きながらも、魅力的な演奏をする方は、お話をしていても本当に魅力的で、初対面にもかかわらず駅まで盛り上がる盛り上がる!!

わたくし、中身が一部アメリカンなので(深い意味はありません)、こういうアメリカンな行動も結構得意だったりいたします。アメリカ人ってね、見知らぬ人と直ぐに打ち解けて和気藹々お喋りを楽しんで、別れ際にメルアドを交換するなんてザラなの。先の彼女とも、もっともっとたくさんお話したかったけど、御縁があれば、またどこかで巡り合えることでしょう。

 

 

…で、巡り合ったのが、それから数週間後の夏期講習会の学食!!

 

 

みんなに伝えたい。世界は広いようで狭くて、狭いようで広いのだけど、人と人との縁って本当に不思議で面白いんだよ。実際に経験しましたが、地球の裏側の人とも偶然と言う名の必然で繋がっていたりする。
みんなとの出会いも素敵な縁に導かれて実現しました。奇跡の集合体、そんな言葉が好きです。

 

 

音楽はイマジネーション

最近はスマホ時代のせいか、音楽に対するイメージが消極的―先日のコンクールにて、審査委員長の先生による全体講評でのお話です。

ほんの一昔前には考えられなかった手のひらサイズPC=スマホの出現。まるでドラえもんの世界です。この夢のような機械は、人間からイマジネーションを奪って行くという側面があるのは事実だと思います。生まれた時からそれが当たり前にあるのであれば、スマホもPCも何も無かった時代の生活そのものを想像できなくて当然ですね。

でも、便利なツールに助けられる暮らしは決して悪ではありません。機械と人間の主従が逆転しなければ良いのです。すぐに出来ることは、窓をガラッと開けることです。

風を感じるかもしれない。サンマを焼く匂いがほのかに漂ってくるかもしれない。子どもがキャーピーッって喜んではしゃいでいる声が聞こえてくるかもしれない。太陽の光を顔に感じるかもしれない。近所の猫と目が合うかもしれない。雨の音や匂いを感じるかもしれない。お部屋も換気出来てGood一石二鳥だね

もう一つ。動いて汗を流すということも大切な経験に思います。それは大人でも同じです。運動して滝のような汗をかくとね、耳の中に汗が流れてきてギャッ!となる。

5000年前の古代エジプト時代の壁画に“今時の若い者はなっておらん、ワシの若い頃には~”とヒエログリフが描かれてるそうです。いろいろ解釈できるけれど、時の流れとともに人々の生活も意識も変化を遂げていくのは、いつの時代も変わりがないということですね。

イマジネーションを豊かにするには、『面白そうなこと』を小さな画面の外に探してみると良いよ、というお話でした。あ、でも、このBlogは読んでね